需要曲線は何故右下がりなのか

効用関数u:X→Rを所得と価格の制約の下、最大化する問題から需要関数が導かれる。財ベクトルをx=(x1,...,xn)、それに対応する価格ベクトルをp=(p1,...pn)、所得をIとすると、問題は
\large \max_x \{u(x)|p\cdot x \leq I\}
を解くことになる。成分で書くと、
\large \max_{(x_1,\ldots,x_n)} \{u(x_1,\ldots,x_n)|p_1x_1+\cdots + p_nx_n\leq I\}
となる。これは、
\large \max_{x,\lambda} \{u(x) - \lambda (p\cdot x - I)\}
と同値な問題となる。uが微分可能で凹関数ならば、xとλがこの問題の解となる必要十分条件はi=1,2,...nについて、
\large \frac{\partial u}{\partial x_i}-\lambda p_i \leq 0 with equality if x_i > 0
\large \lambda (p \cdot x - I)=0
だ(ったと思う)。(凹関数の仮定がなければこれは単に必要条件にすぎず、1階の条件などと云われる)

xi=0のケースも考えると煩わしいので全てのiでxi>0とする。つまり、
\large \frac{\partial u}{\partial x_i}-\lambda p_i = 0
\large p \cdot x - I =0
とする。i,jの2つを代表として考えると、
\large \frac{\frac{\partial u}{\partial x_i}}{\frac{\partial u}{\partial x_j}}=\frac{p_i}{p_j}
という有名な関係、すわなち「i,j財の限界代替率(限界効用の比)はi,j財の価格比に等しくなるように決定される」という条件が得られる。

さて、この問題におけるパラメータはpとIであったが、解となるxはこのpとIの関数となる。消費者はpやIが変化すると、この問題を通じて、つまり最適化を通じてxを調整する。これを需要関数という。特にこのpとIの関数としての需要を「通常の需要」とか「マーシャルの需要」という。成分で書くと、
\large (x_1,\ldots,x_n)=(x_1(p_1,\ldots,p_n,I),\ldots,x_n(p_1,\ldots,p_n,I))
となる。ある一つの財xiを考えると、他の全ての価格にも依存していることが分かる。
さて、掲題の需要曲線が右下がりである、という部分だが上の条件(限界代替率=価格比)から導けるのだろうか。例えば具体的な効用関数を想定してみればなにがしかの結論が得られるかもしれない。しかし、それでは「全ての」状況を考慮したことにはならないから理論としては無価値である。
これに回答を示したのがスルツキー方程式であるわけだが、この時点で「需要は右下がりか」という問題を考えるとサッパリ見当もつかない。よくスルツキーは答えを見つけたものだと感心する。1階の条件をさらに陰関数定理を使うのかな、とも思うがようわからん。ここでは現在主流の教え方(双対性)に従う。

先程は所得を所与として効用最大化を考えたが、これの双対問題としての支出最小化問題を考える。今度はある任意の効用水準を制約として支出を最小化する。その効用水準(定数)をuとすると問題は、
\large \min_{x,\mu}\{-p\cdot x - \mu(u-u(x))\}
となる。これの1階の条件は,
\large -p_i+\mu\frac{\partial u}{\partial x_i}=0
である(面倒なので等号制約とした)。得られる結論は先程と同じで「限界代替率は価格比に等しい」というものだが、今回はパラメータが価格pと効用水準uである点で異なる。ここで得られた解をヒックスの需要といい、hで表す。h_i=h_i(p_1,\ldots,p_n,u)である。所与である価格pにhをかけると所与の効用uのもとで最小化された支出を得る。e(p,u)=p\cdot h(p,u)を支出関数という。

通常の需要x(p,I)とヒックスの需要h(p,u)はu=u(x(p,I))のとき、また、I=e(p,u)の時互いに等しい。この関係を使うと、
\large h_i(p,u)=x_i(p,e(p,u))
と書ける。これをpi偏微分すると、
\large \frac{\partial h_i}{\partial p_i}=\frac{\partial x_i}{\partial p_i} + \frac{\partial x_i}{\partial I}\frac{\partial e}{\partial p_i}
となるが、e(p,u)=(p1,...,pn)・(h1,...hn)=p1h1+…+pnhnだから、
\large \frac{\partial e}{\partial p_i}=h_i + \sum_j^np_j\frac{\partial h_j}{\partial p_i}=h_i + \mu \sum_j^n \frac{\partial u}{\partial x_j}\frac{\partial h_j}{\partial p_i}
(1階の条件を使った。)ところが、u(h(p,u))=u(定数)だから
\large 0=\frac{\partial u(h(p,u))}{\partial p_i}=\sum_j^n\frac{\partial u}{\partial x_j}\frac{\partial h_j}{\partial p_i}
(つまり、価格の変化に対して効用を一定に保つよう需要を変化させる。)よって、先程の続きは、
\large \frac{\partial h_i}{\partial p_i}=\frac{\partial x_i}{\partial p_i} + \frac{\partial x_i}{\partial I}h_i
となる。これを書き直して、
\large \frac{\partial x_i}{\partial p_i}=\frac{\partial h_i}{\partial p_i} - h_i\frac{\partial x_i}{\partial I}
これがスルツキー方程式。需要曲線が右下がりであるためには左辺がマイナスでなければならないわけだが、右辺の第一項は無差別曲線上の動きとなるため必ず負になる。これを代替効果という。しかし、第2項のいわゆる所得効果は微妙で、いつでも代替効果を打ち消すほど大きくプラスかというと、それは自明ではない。よって、ある特定の財の価格と数量で切り取った需要曲線が右下がりである、というのは必ずしも自明ではないことがわかる。

このことは昔の経済学者にとっては衝撃的だったろうと思う。それまでのverbalな議論では「限界効用逓減の法則」なるものによって「需要は右下がりである」ことが正当化されていたのだろう。「限界効用逓減」というのはそれなりに説得力のあるものだけに、昔の人はショックを受けたんじゃないかと推察する。